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君が好きだってこと以外大した意味なんてないよ

映画『ピンクとグレー』感想(ネタバレ、否定的表現あり)

映画『ピンクとグレー』感想(ネタバレ、否定的表現あり)



この小説を映像化してくださったこと、監督にも出演者の方々にも感謝している。心から。それは紛れもなく。

エンドロールの原作者の表記で感動することは分かってたけどやはり胸が熱くなったし、劇中歌『ファレノプシス』の原詞にも加藤シゲアキの名前があって震えた。


開始62分の衝撃!と予告で見た時はきっとこうゆうことだろうなと言うのは原作を読んだ人は誰もが分かったのではないかと思う。

けれど、その後の世界は想像とは全く違った。全く別の物語になってしまった。
予想を裏切られる。あらかじめその覚悟はしていたとはいえ、思った以上にショックを受けてしまったのは、あまりにも原作に対する自分の思い入れが激しかったからなんだろう。
違う。
ごっちはそんな人間くさい人じゃない。
りばちゃんはそんな下衆な人じゃない。
ごっちとりばちゃんの関係はそんなもんじゃない…
けれどそれは、わたしの頭の中でだけ、わたしの想像力だけで作り上げた世界?
ありきたりな友情や愛情を超えた関係。
儚くて透明で消えそうな存在。
そんな美しくも現実味のない世界。それがわたしの予想と期待だった。


意識が薄れていく大貴が最期に思い出す本当の世界では、りばちゃんがごっちでごっちがりばちゃんだった…というのを期待してしまっていた。
最初にキャストの発表があった時は確かそうなってたし、それがわたしの中での二人のイメージにもぴったりだった。


行定監督は現実はそんな美しいもんじゃないよと思い知らせたかったのかもしれない。
確かにりばちゃんがあのままで芸能界で生きていけるわけはないとは思う。だからシゲはあんな終わらせ方をさせたのだろう。美しいものは美しいままで。
でもそれは現実と向き合ってない終わらせ方だったというのか。
あそこまで全てを泥に塗れさせたのはただそうしたほうが面白いからだけではない気がする。
原作者や出演者やそのファンたちをいためつけてやろうという嗜虐性を感じてしまった。でも同時にそれは愛でもあることも感じる。
その痛みに耐えてまた強くなる。成長する。そのための泥だったのではと。

わたしが大好きな美しいなシーンやセリフはたくさんカットされていた。
全部をつめこむのは難しい事は重々承知で書き上げてみよう。
お姉さんの事故。マルコフの事件。ごっちが見られなかった流星群。消えためだか。ステージで歌うりばちゃんの背中。それを見ていたごっち。男の子だと思っていた石川が本当は女の子だったこと。待ち合わせに使ったデュポン。ごっちの裸のポスター。ピアスホール。青いカクテルをエビの卵みたいな色って言うりばちゃん。それを嬉しそうに笑うごっち。サリーが結婚したと知って取り乱すごっち。ごっちの遺体を綺麗にするりばちゃん… (今、原作が手元にないので、確認できないからこれくらいしか思い出せないし、描写を記憶違いしてるかもしれないし、映像を見逃してるかもしれないけど)
本当に別物。全くの別物。
まずはそれを思い知った初見だった。


でも。



そうだ。

『だいじなもの』でシゲは伝えてくれていた。
大丈夫。
シゲが描いた世界はまだちゃんと別に存在してる。


小説だから描けること、小説じゃないと描けないこともあるのだろう。
わたしが欲しいと思っていた世界は稚拙なものだったのだろう。
次に見る時はもっと違った視点でいいところを見つけられるようにしよう。


ファレノプシスすごくいい曲をつけてもらってたけど、シゲの中にある曲はどんなんだったのかなってちょっと思った。


感性の鋭い人なら一度で読み切れることも、わたしには10回必要なのかもしれない。今すぐに見返したい。
でも、次はインタビューや対談の記事をちゃんと読んでから見ようと思う。


追記 
大事な事を忘れていた。
わたしが大切に思っていたシーン。
ごっちの遺書。そしてそこからひとつを選ぶところ…